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初代「土井萬吉」が、鴨川投網量の川魚の行商を経て、慶応3年、三条大橋のたもとに「川魚問屋 三條土井」を開業。
2代目「土井熊吉」は、琵琶湖の川魚をはじめ、遠くは若狭から鰻を仕入れていた。
昭和の始め頃、3代目「土井和三郎」が静岡県舞阪の養殖鰻の仕入れを始め、鰻を中心とした商いを始めるも、34歳で没する。
第二次世界大戦で鰻の養殖が減り、川魚の卸で生計を繋いでいた和三郎妻「かね」が終戦後さかんになった、
三重県の伊勢や松坂あたりで養殖された鰻に目を付け、手広く、鰻の卸売及び小売業を手がける。
昭和40年代、三條土井を法人化した4代目「土井俊一」が当時、鰻の養殖を始めた総合商社数件と業務提携し、
全盛期には1日数十トンの鰻を扱う卸売業者に成長。
しかし昭和40年代後半頃から、台湾産鰻が大量に入荷され、また中国での鰻の養殖が盛んになり、鰻の品質低下を嘆き、
鰻の卸売業を撤退。
そこで国産鰻を使用した「鰻ごぼう」の製造、販売を始めたところ、口コミで広まり
今では全国にファンを持つヒット商品となった。
俊一没後、現女将が鰻ごぼうの製法を受け継ぎ、平成16年11月1日、社名を「有限会社 京爛鰻」と改め、
鰻一筋に炭焼鰻、佃煮の製造販売を開始。
平成18年2月には小さな御食事処を併設。
女将手製の鰻料理が評判となり、テレビ、雑誌等にも取り上げられる。
平成20年7月20日麩屋町四条上る、で「うなぎ・割烹 京らんまん 土井」を開業。
自分の足で探し、自分の目と舌で確かめた、「本物の鰻」
静岡大井川産”共水 特 うなぎ”及び”共水厳選国産鰻”のみを使用。
「三條土井」百有余年の歴史を守るべく努力を続けている。
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| 京らんまん 土井 女将敬白 |
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